NY通信Vol.140:粛々と!

言葉を使わず向き合う演技レッスン

7時30分起床。

まだ風邪は完全には治っていない。

それでも、今日も一歩ずつ前へ進む。

1コマ目は、週に一度のピケのアクティングクラス。

先週に続き、「繰り返し」のエクササイズで今の自分たちの状態を確認していく。

最初はカミルとジェイド。

“I doubt…” は使わない。もっとストレートに伝えなさい。

ピケは、遠回しな言葉ではなく、その瞬間の本音を大切にするよう促す。

続いてダーニャとベス。

ダーニャの鋭いエネルギーに対し、ベスは素直に反応している。

ただ、感情の振れ幅がまだ小さい。

そこが課題だった。

そしてマックスとキンバリー。

マックスは何とか相手を動かそうとするが、言葉に頼りすぎてしまう。

そこでピケは、

「何も話さなくていい。声だけで繰り返して。」

と指示を出した。

「アー。」

「ウー。」

さらに今度は、

「”You” だけで。」

言葉を削ぎ落としていくと、不思議なくらい相手とのつながりが見えてくる。

最後にピケはマックスへ言った。

「君はしゃべりすぎだ。言葉はクラッチに過ぎない。その下に流れている感情を大切にしなさい。」

演技だけでなく、人とのコミュニケーションにも通じる言葉だと感じた。

昼休み。

風邪のせいで体が重く、地下のベッドで少し横になる。

無理は禁物だ。

午後はバレエ、ミュージック。

体調と相談しながら、それでも手は抜かない。

最後はクイントンのアクティング。

ダンとブリアナのシーンでは、ブリアナが重い状況設定を背負って登場した。

医師から妊娠を告げられ、自分も恋人もその子を望んでいないという設定だ。

感情は十分に伝わってくる。

しかし彼女が選んだ行動は、「赤ちゃんの名前をノートに書くこと」。

クイントンは静かに指摘する。

「君は感情の犠牲者になっている。感情は信じられる。でも行動にリアリティがない。」

感情だけでは足りない。

その感情が自然にあふれ出る行動こそが、観客を納得させるのだ。

その後、ジェイドとマックスのシーン。

隣を見ると、マックスがノートに大きくこう書いていた。

「だまれ、オレ」

午前中の指摘を忘れないための、自分へのメッセージらしい。

ところがシーンが終わると、クイントンからも一言。

「マックス、君はしゃべりすぎだ。」

教室には苦笑いが広がった。

放課後はレビーと自主練習。

帰宅しても体はまだ少し熱っぽい。

親子丼をお腹いっぱい食べ、今日は早めに休むことにした。

体調が万全でない日は、焦らない。

できることを、できる範囲で。

粛々と積み重ねていけばいい。

ニューヨークに来てから、その大切さを少しずつ学んでいる気がする。

それでは、今日はこの辺で。

おやすみなさい。

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