7時30分起床。
まだ風邪は完全には治っていない。
それでも、今日も一歩ずつ前へ進む。
1コマ目は、週に一度のピケのアクティングクラス。
先週に続き、「繰り返し」のエクササイズで今の自分たちの状態を確認していく。
最初はカミルとジェイド。
「“I doubt…” は使わない。もっとストレートに伝えなさい。」
ピケは、遠回しな言葉ではなく、その瞬間の本音を大切にするよう促す。
続いてダーニャとベス。
ダーニャの鋭いエネルギーに対し、ベスは素直に反応している。
ただ、感情の振れ幅がまだ小さい。
そこが課題だった。
そしてマックスとキンバリー。
マックスは何とか相手を動かそうとするが、言葉に頼りすぎてしまう。
そこでピケは、
「何も話さなくていい。声だけで繰り返して。」
と指示を出した。
「アー。」
「ウー。」
さらに今度は、
「”You” だけで。」
言葉を削ぎ落としていくと、不思議なくらい相手とのつながりが見えてくる。
最後にピケはマックスへ言った。
「君はしゃべりすぎだ。言葉はクラッチに過ぎない。その下に流れている感情を大切にしなさい。」
演技だけでなく、人とのコミュニケーションにも通じる言葉だと感じた。
昼休み。
風邪のせいで体が重く、地下のベッドで少し横になる。
無理は禁物だ。
午後はバレエ、ミュージック。
体調と相談しながら、それでも手は抜かない。
最後はクイントンのアクティング。
ダンとブリアナのシーンでは、ブリアナが重い状況設定を背負って登場した。
医師から妊娠を告げられ、自分も恋人もその子を望んでいないという設定だ。
感情は十分に伝わってくる。
しかし彼女が選んだ行動は、「赤ちゃんの名前をノートに書くこと」。
クイントンは静かに指摘する。
「君は感情の犠牲者になっている。感情は信じられる。でも行動にリアリティがない。」
感情だけでは足りない。
その感情が自然にあふれ出る行動こそが、観客を納得させるのだ。
その後、ジェイドとマックスのシーン。
隣を見ると、マックスがノートに大きくこう書いていた。
「だまれ、オレ」
午前中の指摘を忘れないための、自分へのメッセージらしい。
ところがシーンが終わると、クイントンからも一言。
「マックス、君はしゃべりすぎだ。」
教室には苦笑いが広がった。
放課後はレビーと自主練習。
帰宅しても体はまだ少し熱っぽい。
親子丼をお腹いっぱい食べ、今日は早めに休むことにした。
体調が万全でない日は、焦らない。
できることを、できる範囲で。
粛々と積み重ねていけばいい。
ニューヨークに来てから、その大切さを少しずつ学んでいる気がする。
それでは、今日はこの辺で。
おやすみなさい。


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