NY演劇留学記100|アメリカで気づいた「失礼」の基準

8時起床。

……といっても、その後は二度寝、三度寝。

読書をしたり、おしゃべりをしたり、ときどき窓を開けて冷たい空気を吸ったり。

何もしない贅沢な時間を満喫した。

今日はテネシー・ウィリアムズの

『夏と煙』

『欲望という名の電車』

『薔薇のいれずみ』

を読了。

演劇漬けの休日だった。

今日は少し余裕があるので、ニューヨークで暮らして感じた**「アメリカ人の失礼の基準」**について書いてみたい。

もちろん、あくまで僕個人が体感したことだ。

こちらでは、

相手の行動を直接邪魔しなければ、あまり気にしない。

そんな文化を感じる。

例えば授業中。

後ろの席の生徒が、前の席の生徒の目の前まで足を伸ばしていても、誰も気にしない。

日本ならかなり気を遣う場面だと思う。

でも、その足が少しでも相手に触れた瞬間、

「Sorry.」

と、すぐ謝る。

ただし、足を引っ込めるのはほんの少しだけ(笑)。

講師も同じだ。

机の上に足を投げ出したまま授業をしても、生徒は気にしない。

逆に、生徒が講義中に隣の友達へもたれかかっていても、それだけなら誰も注意しない。

でも、ペンを落としたり、少しでも音を立てて授業を遮ったりすると、

「話を遮ってごめんなさい。」

と、すぐに謝る。

日本人なら恥ずかしそうにするだけで済ませる場面でも、こちらでは言葉にして謝る。

街中でも同じだ。

肩がぶつかるどころか、服の袖が軽く触れただけでも、

「Sorry.」

日本人なら気にも留めないような距離感でも、きちんと一言添える。

最初は驚いた。

でも、これは「大雑把」なのではなく、

大切にしている基準が違うのだと思う。

多民族国家だからこそ、

「相手の自由は尊重する。でも直接迷惑をかけたら謝る。」

そんな感覚が自然に身についているのかもしれない。

日本の感覚だけで物事を判断してはいけない。

そんなことを改めて感じた一日だった。

夕方は歌の練習。

夜8時半過ぎ、2年生主催のクリスマスパーティーへ向かう。

会場はクイーンズにある2年生の家。

屋上があり、ニューヨークへ来て初めてゆっくり星空を見た。

そして何よりうれしかったのは、

英語が聞き取れるようになってきたこと。

まだ話す力は十分ではない。

でも、会話の内容は以前よりずっと理解できる。

いろいろな2年生と話ができた。

Aクラスのロビーには、ちょっと危険な遊びまで教えてもらった(笑)。

パーティーを満喫し、帰宅したのは夜中の1時頃。

少しだけ、ニューヨークで暮らすことにも余裕が出てきた気がする。

いいじゃないか、しーばら。

今日も一日を思い切り楽しめた。

明日は、もっと楽しもう。

それでは、おやすみなさい。

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